出産のとき


時計は9時5分。ついに主治医のタツコ先生到着! 
先生の顔を見てほっとする。
痛みはほぼ5分間隔だ。
先生はすぐに内診… それにしても陣痛中の内診は痛すぎる…
すでに子宮口は8センチ大であった。は、はやい。ってことは、もうすぐ生まれるの?
まだ病院に着いて2時間なのに。
しかしかなり痛いぞ。どのくらい痛くなったらいきむんだったっけ?
前回の記憶をたぐり寄せようとするけど、あまりに痛くて頭が回らないよ。


タツコ先生に続いて、男性の医師が一人入ってきた。タツコ先生の友人だという。
よろしく、と握手したら、二人揃って「ちょっと席をはずしますけどすぐ戻りますから」と
言って部屋を出て行った。
あのー。かなり痛みが激しいし、間隔も短いんですけど… 二人がいない間に
生まれちゃったらどうしましょ??
一抹の不安を抱きつつ、夫とふたり、時計とにらめっこしながら痛みに耐える。


9時半ちょっと前、先生二人が病室に戻ってきた。
私があまりの痛さにフーフー言ってるのを見て、「そろそろ生まれるからね」と告げる
タツコ先生。
「次に痛くなったら、チカラね」。
チカラ… あ、あたらしい表現だ。要するに「いきむ」ってことか。
日本語が結構お上手なタツコ先生だが、いきむという言葉はご存じないのね。
そして私が次の痛みで「イタタッ…」と声をもらしたら、
「ハイっ!チカラ!!」と先生の合いの手が。
えーと、いきむってどうするんだっけ。身体の真横のバーをつかんでいきんだら、
そうではなくて身体の下のほうにあるバーをつかめという。
あ、そうだったね、下に向かってチカラを込めるんだった。
それにしても痛いぞ。どこまで我慢すればいいのだろうか、私?


何度かいきんでいるうちに、ベッドの周りがにわかに賑やかになってきた。
スタッフが増え、照明がこうこうと焚かれ、生まれた赤ちゃんを置く台とか、
もろもろの器具が搬入されてきた。
そっか、私はこの部屋で生むのね。分娩室に移動するわけじゃないのね。…とやっと理解する。


それにしても痛い。先生、早く麻酔って言わないかな…
と心待ちにしていたら、なんと先生は私の思惑と逆のことを言い出した。
「麻酔は、我慢できそうだからしなくていいわね」と。
えー。話が違うじゃないですか先生〜。
よっぽど私が我慢強い人に見えたのだろうか。でもまぁ、頑張れないこともない。
麻酔はできるだけしないほうがいい派の夫も、頑張れ頑張れと言っている。


…そ、それにしても痛い。前回は、ほんの数回のいきみで生まれたはずなのに。
今回は何度頑張っても出てこないぞ。もう7〜8回いきんでいるのに、
全然出てくる感じがしないんだ、なぜか。
こ、こんなに痛かったっけ?
いよいよ全身から汗がほとばしりはじめた。さすがの私も我慢の限界です…
その様子を見た夫、ついに「麻酔をお願いします」と。


しかし、ときすでに遅し。
もう髪の毛が見えてきている、あと少しだから、あと1回くらいだから
このまま頑張れ…と先生。
えー。そんなぁぁぁ…


なんて言ってる余裕は全然なくて、もうほんとに頑張るしかない状態。
次で長くいきむように言われて、もう最後のチカラをふりしぼるつもりで
「フーン!!!」と言ってチカラしたら、生まれたようだった。
あまりにも痛くて生まれたんだかどうなんだか、本人はよくわからなかったけれど、
すぐに「オギャア」と元気な第一声。
赤ちゃんらしい声だ。これこそ赤ちゃんだ。
(長男のときは、妙にかん高い声で、ネコが鳴いているみたいだったんだ。)


どうやら元気らしい。やっぱり男の子だったらしい。
らしい…というのは、私、あまりに疲れ果ててしまっていて+やりとりがポルトガル語
まじりだったので、詳しい現場の状況が見えてなかったのよね。
とにかく早く私にも赤ちゃんを見せてちょうだい!という思いだけが残っていた。


ほどなくして、生まれたての赤ちゃんが私の横にやってきた。
隣にいる小さな存在は、ポカポカと温かくて、あぁ、この世で生きているんだなぁ…と実感。
薄く目を開けて私を見る赤ちゃん。
小さいなぁ。こんな小さいのによく頑張って出てきてくれたなぁ。
感動で、うれしさで、涙が出そうだった。
(でも実際には出なかった、なぜか。多分、感動より疲労感が強かったのかなぁ)
やっぱりお兄ちゃんに似ているね。
髪の毛が結構生えているのね。体毛も濃いのね。手が大きくて、すでに爪が伸びているよ。
さっきまでお腹にいたのに…すごいね、生命力って。


そうして、しばし赤ちゃんと対面し、感動に浸っている間、
下のほうでは着々と縫合作業が続いているのであった…
痛い、と言うと、すぐに麻酔を追加投入してくれたようで、日本の出産のときよりも
その痛みは小さかった。
30分ほどでそれも終わり、タツコ先生は、「えらいね」と何度も私の我慢強さを
ほめたたえ、部屋を後にした。
…先生、私そんなにほめられなくてもいいから、無痛分娩してみたかったよ…
と言いたいところだったけど、もう済んだことだからねぇ。
無事生まれてきてくれたんだし、私もなんとか耐えられたんだから、結果オーライということで。


あとで聞いたら、赤ちゃんのサイズは3240g、50.5センチ。
長男より500g、4センチも大きいのね。だからなかなか出てこなかったのね。
そして生まれた時刻は午前10時ジャスト。
陣痛開始から7時間、入院から3時間の出産でした。
ちなみに前回はこれより2時間ほど多くかかっているから、二人目は進行が早いというのは
やはり私のケースにも当てはまっていたのでした。