7日目:もっと早く会いたかった…日系女医の見解は


またも下痢が悪化。少し一回の量が減ってきたと喜んでいたのに、また夜中にものすごい大量の水様便を3回もした。
朝も15分おきくらいに2回、ものすごいのをした。
なんで?なんで悪化するのよ?もう1週間もここにいるのに???


いつもの、ぼそぼそしゃべる男医者が朝の回診にやってきた。
いつも通り、便の回数や状態を尋ねる。だけど、昨日の今日の私だ。文句のひとつでも言わないと気がすまない。
親の私がシャキッと対応しないと。親の私が、アレックスを守ってやらないと。
そんな使命感が私の背中をぐぐっと押した。そんで、得意のメチャクチャポル語で吠え出した私。


はっきり言って、悪化してるんですけど?
正直、先生方のこと、もう信頼できないんですけど。だって、ちっとも良くならない。
今日でもう1週間ですよ?


そうぶちまけると、男医者も困った顔してた。いつも困った顔の彼だけれどもね。
悪化したことを聞いて、彼は、今後牛乳と砂糖を一切与えないようにと指示してきた。
母乳も最小限にとどめるように、と。母親も牛乳はとらないように、と。
ええと、そもそも牛乳も砂糖も与えてないんですけど?
しかも、そういう指示は、もっと早く言ってもらいたいんですけど?
そういうと、いやこれは今から実行して欲しいことだから、と。これまではそのタイミングじゃなかった、と。
ふ〜ん…そ、そうですか。


そしていったん部屋を出て、少ししてまた戻ってきた。そして言ったことは。
「今日の夕方、胃腸の専門の先生に来てもらうように手配しましたから。それまでお待ち下さいね」
はぁーー?胃腸の専門の先生がいるんだったら、もっと早く来ておくれよ〜〜〜。
それって、私が文句を言わなかったら来てくれないってわけ???


また不信感がぐるぐると…。
ま、でも、専門の先生なら、少しは納得のいく説明をしてくれるかも知れない。
とりあえず、夕方の楽しみがひとつ出来た。


さてそれからまたひと悶着。
またも点滴針が血管からはずれていたのだが(なんか様子がおかしいと思ったのだ)、それについても看護婦は「大丈夫じゃない?」と言って調べようとしない。
私が強く「調べてください」というと、やっとガーゼをはずして調べ始めた。
そしたら案の定はずれてるじゃないかぁぁぁ!!!
またも、違う腕の違う場所に差しなおしである。ついでに採血もしていた。
もうこれ以上、血管ないんですけど… という状態に近づいてきた。ううう。


ここに来てから、完全なおっぱい依存症になっちゃったアレックス。
午前中の医師の指示により、母乳は最小限にとどめなければいけない。
突然おっぱいをもらえなくなったアレックス、泣きわめく泣きわめく。もう大変。
気を紛らわせるためにプレイルームに行ったりした。今日は他の子も何人か来ている。
それぞれ付き添いのお母さんがもれなく付いている。さ、さすがに付き添いはシッターには頼まないのね、お金持ちブラジル人たちも。
おばあちゃんが付いている子もいる。いいなぁ、おばあちゃんがいて。一日でも代わってくれる誰かが欲しいよ、私も。


プレイルームでは楽しそうに遊ぶアレックス。私も他のお母さんと話をする心の余裕が少し出来た。
今日でもう3日よ、私疲れ果てちゃって… というお母さんには、うちはもう1週間なんですよ、しかも日本人なもんでねぇ、親戚も居ないから大変で…
と、ニッコリ語ると、あああそれは大変ね、私なんてまだまだね、上には上が居るのね… って顔で同情された。
入院している子はそれぞれいろんな問題を抱えていた。呼吸器系に問題があり、肺炎になりかけてる子とか。
ベビーベッドから転落し腕を折っちゃった子とか。
みんなみんな、頑張れ。ママたちも、頑張れ!
今日はそういうふうに思える心の余裕が、私にも生まれてきたようだ。


昼食を結構食べ、3時のおやつ(バナナのすりつぶし)は喜んで完食したアレックス。
食べ物を見て喜ぶようになった。その心意気がとてもうれしい。少し良くなってきたのかも。


夜の8時。待望の胃腸専門医師がやってきた。日系人の女医さん。見るからに誠実そうな、優しそうな、観音様のようなタイプの先生だ。
同じ民族の顔を見た、ただそれだけでぐわわーっと安心感が沸き、また泣きそうになったけどもう大丈夫だった。
ブルーなピークはもう過ぎていたのね。
彼女は、これまでの行動をこと細かに聞き取り調査した。旅行に行ったこと、そこで食べたもの、海に行ったこと…
発症から入院後の経過も、ものすごく細かく聞いてくる。私もほぼ日手帳を開きながら、自分のメモを拾いつつすべて答える。
そういえばこんな風に詳しく経過を聞いてくれた先生はいなかったな。私もここまで詳しく話してない。
それだもの、原因を突き止められるわけがないよね。そもそも、原因を探そうという意識も、これまでの先生方にはなかったような気もする。
そこまで言うのは言いすぎかも知れないけど、言葉がカンペキではない私の感覚からは、そう思えた。


結果、日系女医の見解としては、サルバドールの海の水にばい菌がいたのではないか、と。
地元の人の体にはすでに免疫として入っているような菌が、デリケートな日本人の体には合わなかったのではないか、と。
サルバドールでは、子どもたちには無理させないよう、なるべくホテル内でシッターさんに見ていてもらった。
私たちがパレードなどに参加しているときももちろん外の人混みの中には出さず、疲れが出ないように心がけた。
ただ一度だけ、帰る日の午前中に、ホテル前のビーチで水遊びをさせた。ちょうどいい具合に、岩でせき止められた天然プールみたいなビーチがあったから。
そこでは地元の褐色の肌の子たちが元気に遊び、大人も子供も楽しそうに過ごしていた。
でもそういえば…白い肌の人はあまりいなかったなぁ。いわゆる観光客っぽい人も少なかった。
あの海は、地元民限定の、ちょっと刺激が強い海だったんだろうか…。


ともあれ、これまでの経過を話し、今のアレックスの様子を見た先生は、大丈夫よくなってきているから、あと3日間くらいの辛抱よ、と。
こういうケースの下痢の場合、1週間は続くものだから。これからの3日間は、普通に戻るためのステップだよ、と言ってくれた。
そうか… あと3日。
やっと先が見えてきた。
原因もなんとなく納得できるような内容のことを話され、ずいぶん私もすっきりした。
ああ、もっと早い段階でこの先生に出会いたかった。もっと早い段階で、1週間が普通だとか、日本人の胃腸とブラジルの海の関係だとか、そういう当たり前みたいなことでも話を聞きたかった。
そしたら私だって、もっと心に余裕を持って、どーんと構えていられたのに、と思う。


先生は、明日午前中に電話するから、また様子を伝えてねと言って去って行った。
その夜、アレックスはまた便をしたけれど、もう水ではなかった。だいぶ固まってきた。良くなって来ていることが実感できる。