6日目:もう信頼できない!キレる一日


私の疲れもピークに達していたのだろうか。昨日から精神的に不安定になっていた。
そこに来て、また、昨日の失敗の繰り返しが起こった。


昼食を機嫌よく食べたアレックス。珍しく、口に向かうスプーンの回数が多かった。
良かった。やっと点滴だけじゃなく、口から栄養をとることが出来るようになってきたのね…。
本当にそれがうれしくて。うれし涙が出そうになっていた。


ところが、だ。
昼食直後に、また口から投薬するという。昨日それで嘔吐したんですけど…。
一応、注意を促してみる。が、看護婦いわく、その後は食べても吐いてないんでしょ?なら大丈夫かも、と。
そして、明らかに嫌がってもがいているアレックスを押さえつけて、ブラジル特有の注射風容器で口に液体薬を入れる。
あれはもう、飲ませるというより、口に突っ込んでいるという状態だ。
一口ゴクンとするたびに、オエッと吐きそうになっている。
おいおい、これ以上入れると吐くよ…。それは誰もが思うこと。なのに看護婦は、自分の職務を全うするべく?口に入れ続ける…。
ほどなくして、案の定、アレックスは吐いた。思いっきり。今さっき喜んで食べたものもすべて吐いた。
彼の服も、抱いていた私のTシャツもぐちゃぐちゃだ。ちなみに、すぐ前にお風呂に入ったばかりだった。
看護婦はそれを見て、「エウ サビーア、エウ サビーア…」と言っている。
日本語にすると、「わかってたのよ、わかってたのよ…」
なんだよぉ!吐くことをわかっていながら、無理やり薬を入れたのかぁ???


いつも穏やかなアジア人女性を演じていた(?)私も、ここにきてついにキレた。
「せっかく食べられるようになったのに意味ないじゃん!!!」(ここ日本語)
(以下、ポル語)
エウ サビーアって何よ!だから言ったのよ、昨日も同じことが起こってるんだって。
口から栄養をとるのと、口から薬を入れるのと今のアレックスにとってどっちが大事なんだよっ!!!


自分でも驚くほどすらすらと、それらの言葉がポル語で出てきた。しかも、怒りのジェスチャー、怒りの涙つきで。
そしたら、そのおばちゃん看護婦、さすがにびびったようで… 言葉もなく、部屋を出て行った。
ちなみにその後、退院まで、彼女はこの部屋に一度も足を踏み入れていない。
自分が悪いと思ったんだろうか。また文句を言われるのが怖かったんだろうか。わからないけど。


そうやって私が吠えた後、しばらく誰もこの部屋に来なかった。
吐いた後、またお風呂に入れなければならない状態になったから、点滴管ははずしていた。
本来なら、またすぐ管をつないでもらわなければいけないんだけど、こちらから看護婦を呼ぶのも嫌になっていた。
だから、しばしの自由な身を満喫していた。


夕方になり、これまで見たことのない医師がやって来た。彼女には申し訳ないけど、私は昼以降、ずっと笑顔ゼロ。厳しい表情をキープし続けていた。
自然にそうなっていた。
外国人だからってなめられてはいけない。言うときは言ってやる。戦ってやる。
ブルーな気分はいつしか自衛戦モードに変わっていた…。
ところがこの女医、生粋のブラジル女性なんだけどね、なんかものの言い方とか態度が優しいのよ。
優しさが感じられるのよ、不思議とね。
何か不安なことがあったら、いつでも呼んでね… なんて言われて、私はついつい彼女にグチをこぼしてしまった。


あなたに私の気持ちがわかる?私がいま、どんなに辛い気持ちか…(後半途中から涙声、大粒の涙ひとつぶつき)
ブラジルには親戚もいない、代わってくれる家族もいない。いつまでたっても息子はよくならない。
言葉もよく通じない。もう不安で悲しくてたまらない…


これがねぇ。まるで悲劇ドラマのヒロインみたいにさ。はい今カメラ回して!本番っ!!といいたくなるくらい、すっごい演技派だったのよ私。
いや、演技したつもりは毛頭ないんだけどさ。自然に、声に感情が入り、涙がこぼれたのよ。
これをつたないポル語でやったもんだから、悲壮度100%だよ。
彼女までもらい泣きしそうになり、優しく肩をたたいて、わかる、わかるわ、外国語は難しいわよね…となぐさめてくれた。
そ、そう来るか?


とにかく。今ここで女医に思いを訴えてもどうにもならないことはわかっていたけれど、
今日の私にはもう何も止められなかった。
感情がもうコントロールできなくなっていた。
昨日、まだしばらくは大丈夫!って、長期戦の覚悟を決めたばかりなのにね。
弱い自分。
こんなものだよ。